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ブログ、これで最後です。

2012.12.08.Sat.12:05
私は基本的には
「赤ちゃんは親を選んでやってくる」 「神様のお計らい」
みたいなことは信じない。
しかし先月のミギオの心臓手術に際しては、それに近いことを感じてしまった。

妊娠中も出産直後も、ミギオに親身になれなかった私。
けれどミギオの疾患が判明し、生後すぐに入院、それから手術して…
「失うかもしれない」という危機感で、私の母性は爆発した。
(そのような局面でしか発動しないのが「本物の母性」なのかはさておき)
私の心はミギオに向かうことになった。
ミギオの疾患が、未熟な私に喝を入れる起爆剤になったことは確かである。

それが「神様のお計らい」だとしたら、私のような母親の元に送られたミギオは気の毒なことだ。
かわいそうなミギオ。
私はこういう考え方は嫌いだが、だけど自分への戒めとして、この感じを忘れずに覚えていようと思う。


かわいそうなミギオ。
去年の夏に私のお腹に宿り、今年の冬に産まれて…この1年半、本当にかわいそうだった。
思いやりに欠ける母親、穴の開いた心臓、不愉快な治療の数々。

その分を取り返してお釣りが来るくらい、これからは、あなたを幸せにしたいと思う。
あなたを幸せな人生のレールに乗せてやりたい。
他の何よりも大切に、たくさんのものを見せ、与えて、溢れるように育てたいと思う。


このブログでは、お腹の子供に心寄り添う日はいつなのか?をテーマに、今読み返すと恥ずかしいようなことばかり書いてきました。
産んでみたらミギオは病気で、がむしゃらに大事に育ててきて、ようやく無事に手術が終わりました。

子供を持つことで、自分は何を失うのだろうか?
そればかり恐れて妊娠期を過しましたが、今の実感は
「失ったものは思ったほどは多くないし、それほど惜しくない(多少は惜しい)」
「代わりに得たものの方が多いような気がする」
そんなところだ。
子供を持っても、一生懸命仕事に打ち込むことはできるし、
一人の時間や、夫婦の時間も、皆無になるわけではない。


妊娠~出産、子育て。
色々なことがあった中、書くことで、随分と自分の気持ちを整理することができました。
たくさんの方からお叱りや励まし、親身な言葉をいただいて、励まされたり気づかされたりしました。
ここで関わった方たちには、感謝の気持ちでいっぱいです。

気付いたら、今は私はミギオのことをとても愛しています。

今、私なりに一区切りが着いたと感じています。


もう当初のテーマで記事を書くことは無いでしょう。
妊娠し、出産してミギオに会ったこと。
それをここで書き綴ることが、凄いデトックスになりました。
我ながら毒気が抜けたと感じます。
このまま育児日記を続けても、人様に読ませるようなものは出てこなそうです。

このブログでご縁が出来た方と、これきりになるのは寂しいですが、ひとまずこのブログは終了しようと思います。
新しいブログを始める時は、ここでお知らせすると思いますので、その時はまたお付き合いくださいませんか。
メルアドをいただいてる方は、もし良かったら今後もお付き合いしていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。

古い記事は全て残しておきます。
去年の私と同じような悩みを抱く方が見つけて読んでくださって、少しでも参考になれば幸いです。


今まで、ありがとうございました。
一生懸命働いて、遊んで、ミギオを大切に育ててゆきます。


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通り過ぎて、初めて分かることもある

2012.11.27.Tue.12:10
ミギオは産まれてきてから9ヶ月弱、一度も風邪を引いたり、お腹を壊したりしていない。
熱を出したのは、手術後の反応だけ。
この子、先天性疾患の他は、病気したこと無いんだよね…

これから保育園に行けば、ガンガンばい菌をもらってくるだろう。
保育園が始まる前に多少の風邪くらい、一回引いてみた方が良いのだろうか?
かと言って、意図的に病気にさせるというわけにもいかないし。

これまでは、心疾患には細菌感染は命取りになる。
ということで、除菌・滅菌を徹底していた我が家。
哺乳瓶やおしゃぶりはもちろん、スプーンや食器、玩具も消毒していた。
買ってきた絵本は全ページをアルコールで拭いてから。
大人は外出先から帰ったら、まずウガイ・手洗い・アルコールハンドスプレー。
電車やバスは乗せなかったし、人混みにも出さず、集団保育を受けている子供には近づけなかった。
失礼は百も承知だが、病院や道端で「かわいいねえ」とミギオを撫でようと手を出してくる見知らぬ人には、
「この子ちょっと病気があるので」と、やんわり断っていた。
(声かけるだけなら良いんですけどね…赤の他人が、なぜ触ろうとする!?)

だけど手術後の経過も良好なので、そろそろ緩めて行こうかと考えている。
それで、世間の菌に徐々に慣れていくのではなかろうか。

そんなことを考えながら、ふと気づいたことがある。


眦を決して除菌していた日々も終わり。
「タンタン、潔癖症の人みたいだよ」と若干辟易しつつも付き合ってくれた夫に感謝。
あれはミギオのためというより、私自身の安心のためだったのかもしれない。

今、手術直後のハイな心理も収まり、ようやく「終わったこと」としてミギオの疾患のことを思う。
思い返すと、その時自分が自覚していたよりずっと、私は張りつめていたと分かる。
周りが見えなくなって、夫や他の家族には色々と心配や迷惑をかけたと思う。

先日、ミギオの快気祝を両家の両親とともにした。
皆が「タンタンちゃん、ミギオちゃんのお世話、大変だったね。えらかったね」と、
私のことを子供のように褒め、労ってくれた。
きっと子供じみた振る舞いで、ミギオのことばかり優先していた私。
とても恥ずかしかったけれど、それをこうして笑って済ませてくれる家族に囲まれ、私はとても幸せだと思った。


本当に大変な時は、大変だと言う事すら分からない。
それは子供の病気などに関わらず、子育て全般に言えることだと思う。

でも、子供は必ず親の手から離れていく。
現に、まだまだ赤ちゃんのミギオだって、自分で見たい方向へ首を向けることができるようになった。
手を伸ばして、欲しいものを掴めるようになった。
短い時間だが、一人で座れるようになった。
一番なんにもできない、大変な時は、一番最初に終わっている。
「歩き出したら大変」とか言うけど、2時間おきの授乳に比べたら楽だと思う。

日々、楽になってきていると実感している。

そして、ミギオが私に頼り切りで過ごす日は、日いちにちと、減っていっているいうこと。

今日いちにちが終わると、ミギオが私の元に居る日がいちにち終わるのだ。
ミギオが私の元を去る日は、日いちにちと近づいてきている。

この永遠とも思える日々。
でも必ず終わりが来るのだ。
つらい時には、そう思う。

必ずこの辛いこともある日々を、懐かしく思い出す日が来る。



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ミギオの傷は癒え、私は社会復帰の準備を始める。

2012.11.26.Mon.18:08
ミギオは順調に回復し、拍子抜けするくらい元気になった。
私もこれで落ち着いて仕事を始められる。

来年3月または4月から、保育園の1歳児クラスに入れるとよいのだが、
物凄い競争倍率を考えると、どうなることやら。
多少不便な立地の認定保育園にも、東京都認証保育園にもエントリーした。
私の住む地区の保育園は、どこも見学してみて「ここは預けたくない」という園は無かったので、それだけが救い。

保育園の1歳児クラスに入れるまでは、ベビーシッターさんを頼むことにした。
0歳児保育は、今更エントリーしたところで倍率的に絶望的。
それに加え、ミギオは疾患の影響で発達が少し遅れているので、
それを少しくらいは取り戻してから、無理の無いように…という親心。
真冬の寒い時期に、送り迎えの手間も無いし。

ベビーシッターさんは知人のつてで、とても信頼できるベテランの元保育士さんと個人的に契約できた。
平日は、そのシッターさんと、両家の両親で曜日ごとに分担してミギオを見てもらう。
仕事を始めるにあたり、ミギオの安心な環境が整いつつあるので、とにかく一安心。


あとは私ががんばるだけ。
徐々に仕事の服など買い始めて、気持ちがあがってきているところ。


…なわけですが、もう、ショッピングの勘が鈍っていて…

妊娠後期~出産子育てにどっぷり浸かって、ふと気づいたら、新しい服を買っていない。


先日、ミギオは親に預けて、夫を従えて仕事服を揃えにショッピングへ。

子供を産む前は、ファッション誌の類は殆ど読まず、お店をマメに見に行って
シーズンの動向を何となく掴んで、自分なりに服を買っていた。
でも、もうそんな余裕は無い。
まずは久しぶりにファッション誌を買い込んで、バーチャルでイメトレ。
その後、買い物に繰り出したわけだが、コレが欲しい!とかコレは便利!とか、
そういう反射神経を失っている自分に愕然。

「今年はバイカラーだよー」
「このシャツに、このニットを重ねる」
「新しい職場では、最初は少し明るい色を着るべき」
(私はついつい黒か紺の服を買ってしまう)
などなど、夫からアドバイスを貰いながら選ぶ。

あと、手触りの良いニットを手に取りながら、
「でもコレ、ミギオが編み目を引っ掻くだろうな」と思ったり
シルクのブラウスに「涎を垂らされたら面倒だわ」と思ったり…
「そんなこと言ってたら、ちゃんとした服は着られないよ!まずいよ!」
と夫に叱咤されながらのショッピング。

夫は、私の服を選ぶのを苦にしない人。
むしろ口を出したい人。
今までは、あまり夫の意見は聞かず、欲しいものは自分の直感だけで買っていて、
横から「こっちの方が似合う」とか言う夫をむしろちょっと邪魔くらいに思っていたが
今回、非常に使える人だということが分かり、今まで邪険にして、ゴメンナサイ。

思えば、妊娠して体型が変って、服を買う気分になれなかった時や、
出産後にミギオだけ入院してしまい、自分の身なりなど全く構えなかった時、
夫は、服やアクセサリーを色々選んでは買ってきてくれた。

私は自分の欲しいものは自分で分かっている。
身に着けるものは自分で選ぶ。
ずっと、そう思っていたけど、人が選んでくれたものを身に着けるって、楽しいことだなと、
この年になって遅いけど、初めて知った。

ミギオという無力な赤ん坊は、実にいろいろなことを、私に教えてくれる。



ちなみに、良さめの服のミギオ対策ですが、
仕事から帰宅したら、ミギオを抱く前に着替える、もしくは割烹着を着る。
ということで考えております。

保育園のお迎えが始まったら…それはまた追々考えます…。

良い方法があれば、どなたか教えてください。


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ミギオ 心臓の手術成功

2012.11.12.Mon.12:23
心臓の手術のため入院する前の晩、夫と2人でミギオの裸の写真をたくさん撮った。
ミギオの胸には切開の跡が残る。
その前に、つるつるのきれいな胸を残しておこうと思ったのだ。
写真を撮りながら、何も知らずに笑ったり首を傾げたりするミギオを見ていると涙が出た。


先日、手術が無事終わり、経過も順調に退院しました。


ミギオは、よくがんばった。
おそらく彼は、これまでの人生で一番辛い、不快な体験をたくさんした。
今までは、人を怖がって泣くことなど一度もなかったミギオ。
人見知りもなく、誰にでもニコニコするので、この子バカなのかもしれないと夫と話したこともあった。
だけど術後は、心臓外科の先生の気配がするだけで号泣するようになってしまった。
(でもミギオ、その先生がミギオを治してくださったのよ。)


その日、手術室に入ってからの4時間。
一旦、心臓を止めて人工心肺に繋ぎ、処置をする。
執刀医は充分な手術実績もあるし、とても丁寧なカンファレンスをしてくれたが、
素人である私からすると、「心臓と肺は、必ず再起動するのか」という不安が拭えなかった。
だって一度心臓が止まるんですよ。
三途の川とか、お花畑的なところへ行ってしまって、帰り道が分からなくなりはしないか。

縁起でもないことを考えながら、打ち消しながら、ミギオのいない空っぽの小さなベッド脇で待つ。
その横で、夫はパソコンを取り出して淡々と仕事をしており、落ち着いてるなあと妙に感心したものだ。

夫は夫で、手術室の前で突然泣き出した私を見て、「偉いなあと感心した」と言っていた。
しかも手術の翌日の早朝からの日帰り出張の仕事も入れていた。
調整しときなさいよ!何かあったらどうするのよ!と思ったが、
「だって絶対成功すると思ってるから」と、ケロリと言った夫。
その「あっけらかん」に、ムカつき半分、でも、もう半分は何だか救われた。

2人で不幸な想像を捏ね繰り回しているよりは、こういう人がパートナーで良かった。
この人と一緒の人生で良かったと思った。


術後にICUで面会した時のミギオは、まだ人工呼吸のチューブなど色々な管だらけで、意識もなく青ざめて浮腫んでいて、蝋人形のようだった。
でもとにかく生きていて良かった。
安心したのと、ミギオの痛々しい姿に涙がボロボロ出た。

ちなみに、私はその直後からどんどん腰が痛くなり、心因的腰痛と言われる。
緊張していた心身が一気に安堵して、ぎっくり腰になったらしい。
それまで付添い用の簡易ベッドで寝る日が続いていたし…

そんな状況を逐一ビデオや写真に収める夫。
「ミギオが将来グレそうになったら、これを見せるのだ」と言って。

夫なりに心配していたのだと思う。
入院中、私はミギオに付添い入院してずっと一緒だったけど、夫は仕事で離れている時間が長かった。
その分、夫は気楽だったかと言えば、決してそうではなかったと思う。
離れている分、分からないことがある。ということを夫は分かっていたから。
ミギオの辛さや私の心配を、分かち合えないことを、いつも謝っていた。
ICUで、夫はとてもいい笑顔をしていた。
「良かった」「タンタンお疲れ様」と、そればかり言っていた。

夫がよく働いてくれるから、高額な差額ベッド代がかかる母子個室でずっと過ごせたとも言える。
ミギオの医療費は手術費を含めて保険適用で無料だが、付添いを含めた快適さは、お金次第と言える。
大部屋の母子室は、検査入院ですっかり懲りた。
やっと寝かしつけたと思うと、他の子供の泣き声がしたりする。
個室にした今回は、ミギオも私も、他人の物音や声に煩わされることなく過ごせた。
私はミギオのことだけ考えていられた。
ハードな仕事をしながらミギオと私の心配をしていた夫の方が、大変だったかもしれない。
妊娠期間中からのことも含め、夫には感謝の気持ちでいっぱいだ。


これで今後も経過が順調なら、ミギオはミルクもガブガブ飲めるようになって、体重だってどんどん増える。
そうしたら足腰もしっかりして、一人で座れるようになって、ハイハイもできるようになるだろう。
私ももう神経質に除菌・消毒ばっかりしないから、自由に這い回って、色々なものを触ったり舐めたりしていい。
安静期間が終わったら、もっと外へ出かけよう。
保育園も通えるし、習い事もできるし、運動だって普通にできる。

これから、たくさん新しいことが待っているよ!

だから早く回復して!
(そして、ぎっくり腰を治すゆとりを母にください)


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ミギオ 検査入院

2012.10.30.Tue.22:48
ミギオが検査入院の順番待ちの長いリストにエントリーしてから1か月後の定期検診。
主治医がミギオの状態を診て、「これ以上は待てないかもしれないね」
と言って、優先的に順番を進めるようオーダーしてくれた。

それから5日後。
「検査入院です。明日から入院してください」
と電話が来た。

小児病棟は、生まれてすぐにミギオが入院したGCUとは全然違って、中学生くらいの子供までいる。
殆どの子は子供だけで入院しているが、特別に認められた場合は母子同室が許される。

当然のことだが病棟には、完治する見込みのミギオなどより、ずっと深刻な状況の子供がたくさんいる。
それについてはこれ以上書かないが、とにかく、そういう子がたくさんいた。
色々なことを考えさせられた。

ミギオは私と、母子同室の4人部屋(つまり、子供4人プラス母親4人)に入院。
母子同室はまだ言葉で充分な意思の疎通ができない年齢の子供ばかりだ。
自分でナースコールもできないのだから、母親がついていないとどうしようもない。
ミルクも欲しがるたびに飲ませてくれるほど人手が無い。
(日中は1人の看護師が5人の患者を担当。夜は8人になる)

母子同室にしなかったら、と思うとゾッとした。
ミギオは相変わらずマイペースに1日10回以上、時には15回にも分けてミルクを欲しがる。
入院中も、検査前後の哺乳制限以外は、欲しがる時に欲しいだけ飲ませることができて、良かった。

ところで母親の住環境は二の次だから、正直かなり悪かった。
簡易ベッドは酷い代物だし、起床時間を過ぎれば消灯までは片付ける。
ミギオのベッドは小さいので、日中、添い寝するにしても窮屈な状態だ。
昼夜問わず、自分の子供だけではなく、他の子供も泣いたり騒いだりして、続けて眠るのは難しい。

私などは1週間程度だからマシだが、長い入院の子の付き添いは大変だろう。



病院の医師、看護師、スタッフの方はとても親切に、真剣にやってくださる。
応対に文句は一つもないけれど、入院中はずっと「私がミギオを守らなくては」と感じていた。

小さな体に針を刺され、嫌がる口に薬を注がれ、傷の安静のためベッドに拘束帯で縛られて、
健康な普通の子供であれば、経験しなくて良かったはずのことばかり。

病院の人たちは、ミギオのためにやってくださってる。
ミギオにとって辛い処置は、ミギオが健康を取り戻すために必要なことだ。
でも嫌がるミギオの側で、ミギオを慰めて安心させて、日常に戻してやれるのは私しかいない。


夫は毎日、双方の両親も2日と空けずに面会に来た。
でも、
「ミギオの味方は私だけなんだ」
入院中、初めてそんなことを思った。

普段は、ほぼ毎日実家に行くし、ミギオを預けて出かけるし、友人も頻繁に遊びに来る。
こんなにミギオと2人切りで、狭い空間で過ごすのは初めてだった。


ミギオと私は今までで一番近かったと思う。
24時間の内、検査以外は、ほぼ半径1メートル以内に居た。
病室の仕切りのカーテンの中で、私とミギオは二人きりだった。
そして私は、ミギオの傍を離れたくなかった。
ミギオが見えないところへ行きたくなかった。
調乳のためパントリーへ行く時も、トイレへ行く時も、ミギオが起きていれば抱っこ紐で連れて行った。
ミギオがベッドに拘束されている時は、ミギオが眠るまでトイレも我慢していた。

たくさん不安な目に遭うミギオの状況を、私がいつも側にいることで、少しでも軽減したかった。

検査のために手術室へ入るミギオを、そこまで私がずっと抱いて連れて行って、
もう薬でぐったり眠っているミギオを、最後に看護師さんに手渡した時、
ミギオの「命」そのものを手渡したと思った。


自分以外の人の心配をするって、物凄く疲れるものだ。
心身がかなり摩耗した。


だけど、まだこれ検査入院なのです。


来週から、また母子で入院。
今度は手術。

でも手術が終われば、ミギオは健康な子供に生まれ変わるのです。


全ては良い方向へ向かっています。



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